※このブログは、ご縁つなぎのコピーライターたちばなみかんが【6年以上に渡り、氣づきのメッセージを毎日メルマガ発行すること】を通して、成長していく軌跡を綴った【スピリチュアル&自己啓発ブログ】です。
6年間に渡る【氣付きのメッセージ】は、あなたの人生に【安心】を招き、運勢をうなぎ上りさせると確信しています。
そして、このブログを総て見ていただければ、【継続して何かを続けると、人間はどのような成長を遂げていくのか?】を端的に知ることができますと思います。
【私のありのまま】を泥臭く記し続けました。
6年間もの間、メルマガ発行を継続して続けることによって、どのように【心的にも】【ライティングテクニック的にも】【魂的にも】成長していくのか?
どうぞお楽しみください。
2014年
NO、575「りゆう」
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(たっちん:話者は、退行催眠や臨死体験などを研究し、科学的観点からスピリチュアル教育をなさっている先生。)
まずスピリチュアリティを保ちにくい人生観、つまり生きがいを持ちにくい人生観とはいったいどんな人生観かご紹介します。
次のように考えながら生きること、それが最も生きがいを持ちにくい人生観になります。
それは「私はたまたま偶然この時代のこの国に生まれてきた。
私はたまたまお父さんお母さんの子どもとして生まれてきた。
私はたまたま偶然あの幼稚園・保育園に入り、あの小学校・中学校・高校に入った。
そこにはたまたまあの先生が居て、あの人が居て友達になったり喧嘩したり、好きになったりふったりふられたりした。
そして自分はたまたまこの仕事についてたまたまタイミングがあってあの人と出会って結婚して、たまたま結婚生活がうまくいったり、うまくいかなかったり、たまたまあの子が生まれたり生まれなかったりして、今に至っている」。
つまり人生というのは全て偶然性のたまたまの積み重ねであるというものの考え方。
これが最も生き甲斐を持ちにくいものの考え方です。
何故かというと、全て偶然ですから、その奥に隠された意味、仕組み、そんなものは無いのです。
つまり今の自分が頑張ったところで、その結果も偶然たまたまもたらされるわけで、頑張る必要、頑張ることに意味も見いだせない。
所詮頑張ったってしょうがねえや、ということになる。
こんなことでは生き甲斐を見いだせるわけがありませんね。
一方、最も生き甲斐を持ちやすい、つまりスピリチュアリティを保ちやすい人生観とは何か。
それについてご説明しますと、今ご紹介したものの考え方の正反対を考えればいいのです。
それは自分は余程の理由があって、この時代のこの場所に生まれてきた。
そして自分は余程の理由があってあのお父さんお母さんの子どもとして生まれてきた。
他の親の子どもになるわけにはいかなかったのです。
どうしてもあの親の子どもとして生まれる必要があったのです。
(中略)
このようにして人生の全ては理由がある。
意味がある。
価値がある。
人間である自分には分からないけれども、宇宙には必ずその理由がある。
このようなものの考え方をしながら生きると人生から失敗、挫折、不運といったものが消えてしまうのです。
(「なるほどのひと」2014年第51号 発行者:紺谷清春 の中の 飯田史彦先生(「生きがい論」シリーズ著者)のお話より引用)
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「余程の理由」を見いだし、それを重んじ、それを活かして生きる。
それが、
自分に「生きてる感覚」を与えてくれる、
か…
ぼくの
余程の「理由」を
見つけてみよう★
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今日もありがとうございました!
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