和歌山の新宮市へ行く途中。
熊野本宮大社へ。
雨の中、そこで受け取ったのは
「これまでの自分はなくなった。またゼロからやり直す。」
ってメッセージ。
それを持ったまま、熊野本宮大社が元々あった大斎原(おおゆのはら)へ。
いつもここにくると瞑想する本当に大好きな場所。
雨が降ってたけど、立ちながら瞑想した。
すると、頭の中でこんなイメージが。
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私「またゼロから…もう難しいです。」
神様「やれ。もう一度やれ。」
私「もう二度と同じようにはできません。」
神様「でもやれ。ただやればいい。」
私「いや、でも…」
神様「しのごの言わずにやれ。ただただ無心でやればいい。」
私「はい…やります。」
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そうだ。
やればいいんだ。
私がいつも、この場所でこう思わされるのは、ここで一遍聖人が下記のように言われたからだ。
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僧侶として学び、修行を深めた智真(後の一遍上人)は、念仏札を配る布教活動をしていました。そして文永十一年(1274)の夏、高野山から熊野本宮大社へ向かう途中で、一人の僧と出会います。智真はいつものように「信心を起こして南無阿弥陀仏と唱え、この札をお受けなさい。」と札を渡しましたが、その僧は、「いま一念の信心が起こりません。受ければ、嘘になってしまいます。」と言って受け取りません。「仏の教えを信じる心がないのですか。なぜお受けにならないのですか。」と尋ねると「経典の教えを疑ってはいませんが、信心がどうにも起こらないのです。」と答えました。
念仏札を拒否されたことに一遍はショックを受けますが、僧の言葉は理にかなっています。
この出来事から、智真は布教のあり方について苦悩します。そこで熊野本宮大社に着いた時、答えを求め、証誠殿の御前で祈り続けました。すると夢の中に、白髪の山伏の姿をした熊野権現(阿弥陀如来)が現れました。そして「一切衆生の往生は、阿弥陀仏によってすでに決定されていることなのです。あなたは信不信を選ばず、浄不浄を嫌わず、その札を配らなければなりません。」と、お告げになりました。このお告げを受けた智真は「我生きながら成仏せり」と歓喜しました。一遍上人が誕生した瞬間でした。
※熊野本宮大社の主祭神、家都美御子大神の本地仏は阿弥陀如来です。
以上、抜粋
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これを思い出すんです。
そう、私たちが仕合わせに向かって導いていただいてるのは決まってる。
それにウダウダいうんじゃなくて、ただただ成ってきたことをやればいい。
しのごの言わずにやれ!
ってね。
一見 厳しい話だけど、全然そうじゃなくて、我々人間が大きく見えていないだけ。
ただ淡々と目の前のミッションを果たせば良い。
ぼやーっと分散している氣持ちを1点に集中させてもらった。
神様、ありがとうございます。
*5/9「勝ちグセワーク(さっきの己に勝つ)」45日目:ハンドグリップ100回。※昨日は全然だったけど、できることからコツコツと。
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【今日のマインドセット】
(心の持ち方、意識の仕方)
熊野の大斎原で受け取ったお告げ=しのごの言わずにやれ!
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